ゴールデンウィークの連休にずっと観たかったスター・ウォーズの最新シリーズをまとめて観た

ゴールデンウィークの連休にずっと観たかったスター・ウォーズの最新シリーズをまとめて観た

やっとこさゴールデンウィークの連休を使い、「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」「スター・ウォーズ/最後のジェダイ」を一気に鑑賞した。

別にスター・ウォーズの大ファンとかではなく、ただの映画好きなのだが、地元の映画館でアルバイトをしていたちょうどその頃に「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」の上映があった。

スター・ウォーズファンの熱狂を近くでみて(ダースベーダーのコスプレをしたおじさんが歩いていたり、テレビ中継などもしていた!)、またアルバイトスタッフ内でもスター・ウォーズの話で盛り上がったりしたので、ぼくのなかで特別な映画のひとつとして記憶されていた。

正直に言うと、映画を一度見ただけでは、物語の根幹がよく分からなかった。

単なる映像作品というだけではなく、哲学的な意味合いを持たせているだろうとは思っていたのだが、その部分をうまく掴めなかった。

観終わったあとにいくつかの解説記事を読む中でやっと理解できたような気がするので、気になったところをまとめようと思う。

参考サイト

🌙 ルーク・スカイウォーカーの葛藤と彼のジェダイ観について

これはなぜなのだろうか?これを考えるのに着目したいのは、ルークがジェダイとしての自分をどうように考えていたのか、という点だ。

『ジェダイの帰還』で、ルークは父アナキン・スカイウォーカー=ダース・ヴェイダーの善への転向を信じ、皇帝のもとへ赴いた。しかし、自ら皇帝の挑発に乗り、いったんは暗黒面の力に触れ、父を倒す寸前までいったのがルークだ。

しかし、踏みとどまったルークは、父と戦うことを拒否し、ライトセーバーを捨てる。「自分はジェダイである。かつて父がそうであったように」と。

これを見た皇帝はルークを殺そうとする。それを見たヴェイダーが最後に息子を救うために善への転向を果たし、ジェダイは帰還したのだ。

皆さんもご存知の『ジェダイの帰還』の物語である。

この話を聞いた我々のルークに対する見方は、劇中のレイと同じだろう。すなわち、「ヴェイダーの光を信じ、彼を闇から救済したジェダイ、それがルーク・スカイウォーカー、伝説のジェダイである」と思っている。

では、ルーク・スカイウォーカーその人自身はこのことをどう受け止めていたのだろうか?

惑星オクトーで、ルークはレイに対して「ダース・ヴェイダーを作ったのは一人のジェダイ・マスターだ」と言い放つ。しかし、レイはルークに対してこう言うのだ。「しかし、彼を救ったのもジェダイだ。善の力を信じ、ヴェイダーを悪から善に転向させた」と。

このレイの台詞を聞いたルークの顔は、すっきりしない。どこか影がある。

私は、もしかしたら、ルークという男は、このことについては自分の実績というよりも、逆にある種の負い目を常に感じていたのではないかと思うのである。

最初の3部作を観たときのルーク・スカイウォーカーの印象とは違った印象を持たせる脚本だった。

ルークは、ベン・ソロ=カイロ・レンをジェダイに育てようと修行をしている中で彼がダークサイドに堕ちてしまったことを自分の責任だと感じ、フォースから自分を閉ざしていた。

ルークは孤独な最後のジェダイとして苦悩の中にいて、ジェダイは滅びるべきだと考えていた。

ここで考えてみたいのだが、ルークは、ひょっとすると「ヴェイダーを転向させ、銀河内乱を終わらせたのは自分の力ではない」と感じていたのではないか?

なぜなら、ルークはあの時、父へ助けを求めることしかできなかった。ルーク自身は皇帝の力に太刀打ちできずに負けていたのである。父は善に転向して、皇帝を倒した。皇帝を倒したのは、父アナキンなのであり、ルークではないのだ。つまり、ルークは皇帝との闘いにおいては完全に負けていたのである。

父は息子を救うために転向したのだが、ルークは、このことについて「父を救ったのは私ではない。父自身が自ら転向したのだ。自分は皇帝に太刀打ちできなかった。」と考えていたとしたらどうだろう?

しかも、世間、全銀河は、ルークを銀河を帝国から救った男として伝説として祭り上げているのだ。ルークは、自分は作り上げられた伝説でしかない、という負い目を感じながら常にいたのではないのだろうか?

言うまでもなく、最初の3部作ではルークは正義のヒーローであった。

今回の作品は、ルークの正義のヒーローとしての像に別の印象を与えた。

しかし、『ジェダイの帰還』ののち、彼は皇帝と直面した経験を、彼自身は失敗そして敗北であり、逆にヴェイダーという偉大な父の存在を実感させられたとしたら、どうだろう?

確かに、自分の力が父を転向させることができた、と思うと同時に、自分の力では皇帝には敵わなかった、そして自分は父アナキンには及ばない、と彼が悩んでいたとしたら・・・

レイはルークが「ヴェイダーを救った男」だと、彼を伝説として素直に尊敬し崇拝している。だが、そのレイの思いを聞いたルークは、複雑な心情にいたのではないかと思う。

「スター・ウォーズ エピソード6/ジェダイの帰還」でシスの皇帝を倒してのはルークではなく、息子であるルークを救おうとしたアナキン・スカイウォーカー=ダース・ベイダーだった。

あの場面で、ルーク自身はシスの皇帝に全く歯が立たなかった。

アナキンを闇から救済できたのは息子であるルークだけだったが、後に伝説と祭り上げられることにルークは違和感を感じていたのかもしれない。

シスの皇帝を倒したのは自分ではなく父アナキンだと。

そんな一種の負い目を彼が感じていたのなら・・・

この考察は上記の参考記事のものだが、この読み方はすごいおもしろいなと思った。

そう感じたルークは、自身に流れるスカイウォーカーの血にすらある種の恐れを抱いたかもしれない。ヴェイダー、ベンというフォースの強いスカイウォーカーの血統に生まれた自分自身が暗黒面へ転落しないと何故言えるのか?と。

ルークは自身の力の強大さも認識していたはずだ。その時、彼はどうしただろうか?

ルークは、父アナキンの転向の事実も知っているし、父がどのようにヴェイダーとなったかも知っただろう。そんなルークだから彼は自らフォースと決別したのではないか。

自身の事を客観視できたルークだからこそ、ヴェイダーのように暗黒面には落ちなかった。しかし、自分がジェダイとして歩むのは間違いだと彼が考えた時、彼は自らはフォースと決別すべきだと考えたのかもしれない。

これは、ルークがベン・ソロやヴェイダーと血縁関係があるがこそ、悩んだ結果だと思うのだ。

ベン・ソロを育てたのが、オビワンやヨーダのように血縁関係のないただのジェダイ・マスターであったら、その責任者たるマスターはフォースとの決別、ジェダイの終焉まで考えることはなかったと思う。

だから、ルークはオビワンのようなジェダイの賢者にはならなかった。彼が選んだのは、フォースとの決別であり、ジェダイの終焉の道だったのだろう。

そして、これは彼がただのジェダイではなく、ジェダイである前に、ダース・ヴェイダーの息子であり、カイロ・レンの甥であり、ダース・ヴェイダーと同じ師を持ちながら、カイロ・レンに対してその師が犯した過ちと同じ過ちを繰り返してしまい、銀河皇帝には負けを喫したという彼の複雑な過去の中で、彼が自分自身を失わないために彼が選んだ道だったのではないか。

🌛 レイ、または新世代のジェダイ達について

もうひとつ注目したい点は、レイが無名の人物のこどもであると描かれていたこと。

決定的だったのは、カイロ・レンとレイの会話のシーンです。カイロ・レンはレイに「お前の両親は何者でもなく、ジャクーでガラクタを回収して生計を立てていた夫婦で、すでに死んでいて砂漠の墓地に眠っている。彼らは酒を買うために金に困ってお前を売っただけだ」と衝撃の事実を告げました。

スターウォーズファンの多くが、レイはスカイウォーカーの血縁にある人物として描かれると思っていたが、全くの無名の人物のこどもであると描かれた。

このシナリオの方向転換はスターウォーズにとって大きなインパクトがあると思うのだ。

レイは、ずっと自分の両親のことを待ち続けていました。いつか必ず自分を迎えに来てくれると信じていたのです。そして記憶にほとんどない両親が、もしかすると偉大なジェダイなのではないか、何か理由があって自分を捨てたのではないか、といった希望にすがっていたのです。

しかしながら、カイロ・レンの話によってそれは完全に否定されました。レイの両親は、勇敢な人間でもなく、特別な能力を持つ人間でもなく、ただの貧しい生まれの男女だったのです。

スターウォーズの世界はスカイウォーカー家対パルパティーンという縮図で描かれていた中で、主人公がそこから解放され、特定の家系のストーリーではなくなった。

それは、ラストシーンで厩で働く少年がフォースの力を使ったシーンにも現れていた。

そしてジェダイというブランドが、それまでのエリート集団から、一般市民の手に渡ったのでした。ラストシーンに登場した少年にもフォースの力が宿っていたのがなによりの証拠でしょう。

誰もがジェダイになる可能性があり、同時に誰もが邪悪な力を持つことができるストーリーに方向転換したのです。

エピソード9の公開は2019年を予定しているようだが、次こそ劇場に足を運びたい。