ダークナイトについて語る

ダークナイトについて語る

好きな映画監督とその作品について話をしたい。

彼の作品を初めて見たのは、中学3年生の時だったと思う。

中学生だったころ、ぼくは、人生がうまくいかないということに直面していた。

小学生のころから続けていた野球は、中学生に上がった時に、地域で一番強いチームに入り、周りの人間が全員自分よりうまいことに耐えられず、一度辞めた。

得意だと思い込んでいた野球でうまくいかなかったから、勉強でも、異性に対しても全くうまくいかなかった時期を過ごした。

放課後は家に直帰し、マンガを読みあさる日々。

「MAJOR」を読んで、本当はこうなれるはずなのにと、理想と現実とのギャップに苦しんだ。

「ワンピース」や「ナルト」を読んで、なぜ彼らはこんなにも勇敢なのだろうと、自分の精神の貧弱さに嫌気がさした。

それでも、すべてがネガティブだったわけではない。

「スラムダンク」や「バガボンド」を読んで、上質なマンガは、ときに上質な小説を上回るような経験を自分に与えてくれることを知った。

「結界師」を読んで、主人公がお菓子作りが趣味なのを真似て、ホールケーキを焼いて食べたこともあった。

ぼくが映画をよく観るようになったのもマンガがきっかけだった。

「いちご100%」を読んで、ヒロインの西野つかさがあまりにもタイプで、その西野つかさを惹きつけていた主人公の行動を真似たのかもしれない。

ぼくが住んでいた地域には、格安のレンタルビデオショップがあって、中学生の財布にはやさしかったから、 ビデオショップの棚にあった有名どころの作品を順に観ていった。

その過程で、ある作品とある作品が同じ監督によって作られていることに気づき、監督というフィルターを通して、映画を観るということを覚えた。

「メメント」「バットマン ビギンズ」「プレステージ」「インセプション」「ダークナイト ライジング」「マン・オブ・スティール」「インターステラー」「バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生」「ダンケルク」と観てきたのを列挙しながら振り返り、それらの作品が自分の性格形成に大きな影響を与えてることを感じる。

一番初めに観たのは「ダークナイト」だった。

クリストファー・ノーランが描くヒーローたちは、過去のアメコミ映画で描かれていたヒーローたちとは一線を画する。

アメコミに限らず従来のヒーローたちは誰もが思い描くことができるようなヒーロー像を崩すことがなかった。
幼い頃から観てきた仮面ライダーシリーズや戦隊シリーズ、ウルトラマンも大筋は勧善懲悪のストーリーの中でそれに付随する話を差し込んで、話をおもしろくしていた。

バットマンの起源を遡ろう。
バットマンは1939年に初登場して以降人気を博し、1989年にも映画されている。
「バットマン」は長い間、色々な人に愛されてきた作品であるからこそ、クリストファー・ノーランによって描かれた、これらの作品が新たなバットマン像を持ち込み、そしてそのすばらしさは昔からのファンを圧倒し、また、ぼくのようなバットマンなどとは全く縁のなかった新規のファンを呼び込んだのだ。

「ダークナイト」はアクション映画に分類されるが、単なるアクション映画で括られるような作品ではない。
むしろ、人間の深いところを抉ってくるような心理描写やそれを単にドキュメンタリー映画のようには描かない監督としての非凡な才能がこの作品の真価である。

この作品だけに限らないが、クリストファー・ノーランの作品は、彼の哲学や深く分析された古今東西の思想や最新テクノロジーを用いた現代的な価値観が混ざり合って作品を形作っている。

また、彼の作品の中で「ダークナイト」を特に押すのは、ヒース・レジャーという俳優の存在が大きい。

ヒース・レジャーが演じたジョーカーは過去最高だったと思うし、今後、ジョーカーを演じることに関して、彼を超える俳優は現れないだろう。

ヒースレジャーを伝説たらしめているのは、映画公開を待たず28歳という若さで急逝したことも一因である。

2008年1月22日、ヒースは映画『ダークナイト』の完成を待たずに、マンハッタンの自宅アパートで遺体で発見された。28歳没。前年11月頃から不眠症となり、「とても疲れているのに二時間程しか眠れない」と映画『ダークナイト』出演に際してのインタビューでは睡眠薬服用を公言している。また、インタビュー時期は自身の婚約解消と別居が重なる時期でもあった。当時はインフルエンザにもかかっており、薬の併用摂取(特定の薬物を過剰摂取したわけではない)による急性薬物中毒による事故死だった。

引用: wikipedia

死後、『ダークナイト』(2008年)の演技により、アカデミー助演男優賞を受賞した。

28歳での同賞受賞は史上4番目の若さだった。

ジョーカーは、心底狂っているような敵として登場する。
ジョーカーの狂気は人間なら誰しも心のどこかで内包するような狂気で、それを隠すことなく、むしろ表に出すことでそれを彼の正義として体現している。

正義など、ただの偽善だと、
正義者ぶっている、そこのお前こそ、悪なのだと、
そういっているように聞こえるのだ。

ジョーカーを演じるにあたって、演じる俳優は、人間が生み出す狂気と向き合わなければならない。

ファンの間では有名なエピソードだが、ヒース・レジャーは数週間ホテルにこもって、ひたすたジョーカーの役作りに没頭していたという。

ありきたりの言葉だが、このような作品を観ることでぼくは人生の喜びを味わっている。